私が編集に携わったのは2007年からの2年間であったが、一番印象に残っている出来事は何と言っても2008年の義塾創立150年に立ち会えたことだ。この大きな節目に、義塾は次の時代に向け大きな進化と発展を遂げた。日吉キャンパスでは、日吉駅の目前に左右に大きく立つ独立館と協生館が建設され、三田では南校舎が建て替えられるなど、先輩方が今のキャンパスを見たらその変貌ぶりに寂しさと共に大きな驚きを感じるのではないだろうか。
我が慶應キャンパス新聞でも記念号として16面に及ぶ特集号を企画し、事務所に寝泊まりしながら制作に没頭したこと、その中で義塾の歴史と精神に深く触れ、改めて義塾の一員としての誇りを感じたことをよく覚えている。
慶應義塾の歴史は、1858年(安政5年)、23歳の青年福澤諭吉が江戸築地鉄砲洲で開いた小さな蘭学塾から始まった。当時は明治維新の10年前である徳川幕府の末期であり、浦賀に黒船が来航してまもなくの頃で世の中は攘夷か開国かに揺れる混迷と騒乱の時代であった。そんな時代に、福澤諭吉は日本でいち早く世界の情勢と欧州の書物に触れ、封建下で上からの指示や命令には従順でも自ら考え行動する習慣を持たない日本国民を憂え、実証的に真理を解明し問題を解決していく「実学の精神」と、自他の尊厳を守りつつも何事も自分の判断と責任のもとに行う「独立自尊」の考え方を広く説いていった。そして、そこに共鳴する多くの福澤門下生たちがこの2つの精神を社会で実践し、激動の時代において日本を先導する大きな役割を果たしていったことは皆が知るところだろう。
昨今の世界と日本の情勢を鑑みるときに、改めて義塾の根底に流れるこれらの精神が肝要であることが身にしみて感じられる。世の中が混乱して人々が一つの方向に向かっているときに本当にこれで良いのかと一旦立ち止まり、深く考えた上で自分一人でも正しい方向に歩き出すこと。想定外の事態に人々が怯えているときに何か突破する方法はないかと知恵を絞り、立ち上がって歩き出すこと。社会に出た者として、私自身も職場や家庭の日常生活の中で、自然とこんなことができる大人でありたいと思わされる。
創立150年記念式典では、現在の上皇上皇后陛下も参席された。一大学のイベントに参加されるのは異例のことであり、現地で取材していた私も不思議な高揚感を感じたものだ。上皇陛下はおことばの中で次のように語られた。「慶應義塾は、今日まで、福澤諭吉の教えである『独立自尊』の精神を基に、我が国の各分野において、国の発展と国民の幸せに貢献する多くの人々を育て、また、文化の向上に寄与してきた」
日本という国が揺らぐ今だからこそ、塾生、塾員として一身独立した個人となり、他人と国を頼るのではなく国を支え守っていく、そんな心意気を持つことを福澤先生も願っているに違いない。
文責:三世川(09年商学部卒)
画像出典:慶應義塾創立150年Webサイト|創立150年記念式典|式辞・祝辞・おことば・誓いの言葉