新型コロナウイルスと『学問のすすめ』

『学問のすすめ』、日本人ならその名前くらいは聞いたことがあると思いますが、みなさんは読んだことがありますか?

『学問のすすめ』は、明治時代にベストセラーになり、出版から約50年が経った今でも本屋さんを覗けば店頭に置かれています。そこに書かれている内容は、明治時代の日本人にとっては非常に目新しいものでしたが、現代においても見直す価値のあることばかりです。

そこで今回は、世界中で新型コロナウイルスが流行しているという具体的な状況を題材にして、『学問のすすめ』で示されている「一身独立して一国独立する」という考え方を紹介したいと思います。

一人の行動が世界を救う

 一身独立して一国独立するとは、国民一人一人が経済的に自立するとともに、考えや判断においても他人にたよることなく、自分の軸を持って行動することが国の独立につながるということ。そして、国民が自分の国のことを自分の家のごとく考えて国のために行動するようになれば、国の平和と安定は守られる。この二点が大まかな内容になっています。  

これを、現在コロナウイルスが流行している現状に当てはめて考えてみたいと思います。 

コロナウイルスの蔓延に伴って、政府は緊急事態宣言を出し、外出自粛を呼びかけました。一部の店舗には休業要請を出し、学校に対しても休校を要請しています。さらに日本以外の国では、もっと強制力を持ってロックダウンを行ったり、人々の行動をカメラやGPSで監視したりしている国もあります。 

このように緊急事態においては、国がある程度、強制力を持って国民を導く必要があるのは間違いありません。しかし、それだけでは十分な対策とはいえません。

 

福澤先生は「学問のすすめ」の中でこう述べています。

「国民を束縛して、政府ひとり苦労して政治をするよりも、国民を解放して、苦楽を共にした方がいいではないか」(*1)

 

つまり、国民一人一人に正しい知識を身につけさせ、自己決定能力を育て、自立的に正しい行動をとるようにするのが良いということです。 

例えばこうです。 

今、コロナウイルス対策として「手洗い」「うがい」が効果的だといわれています。

その「手洗い」「うがい」を国民全員に欠かさずやらせるためには、どのような方法が一番効率的でしょうか。

一つは、すべてのトイレや洗面所にカメラを設置したり警官を配備して、手を洗わない者、うがいをしない者を罰するという方法。もう一つは、国民に広く手洗いの重要性と、手洗いをしなかった場合の感染リスクについて教育すること。どちらの方がコストがかからず効率的かは明らかでしょう。 

「手洗い」「うがい」の例は少し簡単すぎたかもしれませんが、「外出自粛」など、その他のあらゆる行動に対しても同じことが言えます。重要なのは、正しい知識を身につけ、自ら判断し、行動すること。それがまさに、一身独立するということです。 

 

ここまでの話を簡単にまとめてみます。

コロナウイルスの大流行という危機に際して、政府がいつも以上に権力を持って感染防止対策を行うことはもちろん必要です。それと同時に、国民一人一人が正しい知識を身につけ、正しい行動をすることの重要性も、いつも以上に増しているということです。 

危機の今だからこそ、「一身独立する」ことが大切になってきます。そして「一身独立」してこそ国全体、さらには世界全体の利益にもなります。 

コロナ独裁!? 変わりつつある世界

 今世界は、ただ危機を乗り越えればコロナが流行する前の状態に戻れると簡単には言えない方向に舵を切りつつあります。 

みなさんは、今世界でコロナウイルス対策を名目として独裁体制が台頭する可能性があることをご存知ですか? 実際に、コロナ独裁とまでは言えませんが、それに近い状態の国も出てきています。 

例えばハンガリーでは、長年権力集中をすすめてきたオルバン首相が、独裁的な体制を敷きました。首相権限が拡大された非常事態宣言の状態をいつまでも延長できると言う法案を可決し、コロナウイルスに対してフェイクニュースを流した個人や団体に最大5年の禁固刑を言い渡せるようになりました。 

また、ケニアやナイジェリアの警察や軍はソーシャルディスタンスをとるようにという措置に素直に従わないとみなした者を見境なく殴打するという事態に。インドではロックダウンを利用して、国内のイスラム教徒に対する差別が強化されているようです。 

また、独裁とまではいかないまでも、政府による国民の監視が強化されている国もあります。中国では、国民の電車やタクシーの乗車履歴のデータを収集し、どこで感染が起こっているのか、自分が感染者と接触したかどうかが簡単にわかるアプリが使われています。 

日本で独裁体制がしかれたり、国民の強力な監視が行われたりする可能性は、小さいかもしれません。しかし、このコロナウイルスの事態を通して明らかなように、世界で起こっていることに日本も決して無縁ではいられません。 

 

『学問のすすめ』には、国家と国民の関係は対等であるということが書かれています。

政府は一人の人間に対して非常に強い力を持っているように見えるけれども、それは人が平等であるけれど貧富・強弱があるのと同じことで、もし政府が天の道理に反することをすれば、国民は抗議するのが正しいあり方だとしています。

 

しかし、国家と国民の平等な関係という当たり前は、国民が政府の行なっていることが道理に反するかどうかをシビアな目で見ることを怠れば、簡単に崩れる可能性もはらんでいると、このコロナの事態は示してくれています。 

コロナウイルスの世界的な流行に伴って、今世界は大きく変化しつつあります

コロナ対策を名目とした独裁体制の拡大の他にも、先進国と発展途上国の格差のさらなる拡大や、国同士の連帯が失われている問題など、様々な問題が浮かび上がってきています。 

どんな状況が起こっているにせよ大切になるのは、私たち一人一人が世界が大きく変わりつつあることを理解すること。

そして、どんな世界に向かっていきたいかを考え、それを実現するために正しい知識を身につけ、他人に頼らない判断軸を持ち、行動することです。 

そうすれば、様々な危機が起こっている状況を、むしろチャンスに変えて、今までとは違う新しい世界を描くことができるのです。  

 

<参考>

(*1)福沢諭吉著, 斎藤孝訳『現代語訳−学問のすすめ』ちくま新書(2009) pp.45

 (*2)パトリック・ガスパード(2020) 「『独裁ウイルス』の拡散を防げ」,『Newsweek日本版』2020年4月28日号, p.14, CCCメディアハウス.

 ETV特集「緊急対談 パンデミックが変える世界〜海外の知性が語る展望〜」,NHK.