塾風満帆

最近、雨の日が増えてきた。新しい傘を新調した塾生もいることだろう。雨から皆さんは何を連想するだろうか。

 

「銀行は晴れの日に傘を貸し、雨の日に傘を取り上げる。」

ドラマ「半沢直樹」で、銀行の融資における姿勢を揶揄した名言だ。晴れの日に傘を貸す姿勢は、バブル時代に醸成された。バブルに浮かれた日本では、投資が投資を呼び、あらゆるものの価値が高騰した。その投資を後押しするために、銀行は無理にでも融資先に融資をする。するとさらに価値が高騰した。このスパイラルが永遠に続くと誰もが夢みて酔っていた。が、突然その夢は弾ける。

バブル崩壊によって、あらゆるものの価値は下落し、銀行は大量の不良債権を背負うことになった。それまで、融資が必要ない相手にも融資を薦めていた銀行は、債権の回収に回る。融資先としては、一番銀行から応援してもらいたい時に、突然融資の打ち切りを宣言される。特に中小企業がその損害を被った。これが、「雨の日に傘を取り上げる」と言われる所以である。

バブル経済と崩壊の問題は、銀行に責任の一端がある。しかし、銀行だけにその責任を押し付けるのは安直と言わざるを得ない。日本経済の実際の成長を見誤り、実のないところに投資を続けたのは日本国民全員だ。晴れの日が続くとあぐらをかき、雨が降ろうとしているのに、その現実を直視しなかった。バブル時代、日本全体が傘の存在を忘れていたのである。

先日、読売新聞で面白い一面広告を見つけた。「飲食業、および観光業の皆様へ」と題されたその広告は、「長引くコロナ禍で、とても大変な日々をお過ごしのことと察します。しかし世界の株価は、その実態を無視して上がり続けている……何か、おかしいと思いませんか?」とだけ無機質に記されていた。事実、日経平均株価はコロナにも関わらず、上がり続けている。生活水準はほとんど変わっていないにも関わらず、だ。実のない経済成長では、株価が上がっても暴落するだけだ。我々は次なる雨に備えて、傘をさす準備をしなくてはいけない時期に入ったのかもしれない。